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神様を見てはいけない?古代より伝わる3つの言い伝えと意味を神道に詳しい筆者が解説!

古来より日本には、「神様を見てはいけない」という言い伝えがあります。神を目にすることは禁忌であり、多くの人が神に対する畏敬を持っていました。その言い伝えや心は、現代の日本にも少なからず継承されているでしょう。そこで今回は、「神様を見てはいけない」とされる言い伝えの意味を神道に詳しい筆者が解説します。神道に興味のある人や、古来より続く神様と日本人のあり方を詳しく学びたい人はぜひ、最後までチェックしてみてください。

なぜ神様は見てはいけない?理由は?古来より日本の神様は見てはいけない存在

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古来より日本には自分より地位が高く、高貴な存在である人と目を合わせてはいけないという風習があります。この風習が神様にも適応され「神様を見てはいけない」という暗黙の規則が誕生したようです。

また、奈良時代初期より存在する『常陸国風土記』には、神が姿を現したときには一斉に人々は一斉に逃げ、振り返り神の姿を見た者の家や子孫は滅びてしまうという内容も記されています。それほど昔から人々は、神様に畏敬の念を抱いていたのです。

鎌倉初期の説話集『古事談』には神様を見てしまった者が運に見放されてしまったと記されていたり、鎌倉時代中期から後期に作られた『八幡愚童訓』には神様を見た罰として目が潰された者の話が残っていたりもします。この感覚は現在にも残っており、神像の展示で神様の顔が見えないように配慮されることもあるそうです。こうした「祀られる存在は顔を見せない」という古く深い文化が日本には根付いています。

神様の姿を見ると目が潰れる?

『八幡愚童訓』にも記されているように、「神様を見た者は神罰を受けて目が潰れる」とも考えられています。また、地方に伝わる昔話などにも「神様が祀られる祠を覗いてしまうと目が潰れる」という内容が残っていることがあるようです。これは、高次の存在であり祀られている神様を見てはいけないという風習に基づいていますが、その他にも眩しい太陽や交接を模った御神体に由来するとも考えられています。神様を見ると目が潰れるという言い伝えは、さまざまな理由から誕生しているのです。

神様を見てはいけないという説にまつわる3つの言い伝え

ここからは、神様を見てはいけないという説にまつわる言い伝えを紹介します。神様の顔を目にしたり、神様と目を合わせたりすることがどれほどの不敬であるかを、言い伝えから学んでみましょう。

1:霊格が高く雲の上の存在である神様への不敬にあたる

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神様はさまざまな眷属を従え、人々に慈悲や加護を授けてくれる高次の存在。そんな雲の上の存在である神様の姿を見ることは、とんでもない不敬であると考えられていました。現在でもこの言い伝えの内容は日本に根付き、さまざまな展示や絵に継承されています。

2:見てはならない禍々しい力を持つ神様も存在する

神様は高次の存在ですが、中には凄まじく禍々しい力を持つ神様も存在しています。伊豆諸島に属する神津島には、3月14〜15日(旧暦の1月24〜25日)に『二十五日様』と呼ばれる神様がやって来ますが、その姿を見ると目が潰れたり死んだりしてしまうと言われているそうです。また、インドのヒンドゥー教の神様であるガネーシャ様が日本に入ってきて変化した『聖天様』も、畏敬の念から古来より見てはいけない神様として知られています。これは恐ろしいからではなく、祈りや思いをしっかり伝えるために生まれた言い伝えです。

3:人間が見るだけで神様が穢れてしまう

神様は高貴で清らかな存在であるため、俗世に生きる人間が見てしまうと汚れてしまうとも考えられています。そのため、私たちが神様を見てはいけない理由の1つには、「神様を汚さないため」という内容もあるのです。神様の原点は見ざる・言わざる・聞かざるが原点であり、私たち人間は極力神様に近付いてはいけないとされています。

日本の悪い・怖い神様とは?一覧でチェック

日本には、悪い・怖いとされている神様も存在します。特に怨霊から神格化されて神様となった存在は、恐ろしい神様として古来より人々の恐れと共に祀られてきました。そんな神様たちは日本三大怨霊とも呼ばれる菅原道真・平将門・崇徳天皇です。三名とも現在は神様として祀られ、私たちも参拝することができます。

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